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生き地獄である「日雇い派遣」を合法化した竹中平蔵氏 

有給もボーナスもない。

遅刻したり欠勤したりしたらペナルティもある。

ピンハネが凄まじく、交通費も出ない。 

直接雇用でバイトした方がまだマシ。

現場で先輩風吹かしてきたヤツの歯見たらボロッボロ。

学生時代の夏休み、友人と一緒に日雇い派遣バイトを何度か経験したことがありますが、「反面教師」として一度は経験しておいた方がいいでしょう。

なぜなら、世の中ではとてつもない境遇や、とてつもない過酷な条件で働かされている労働者がたくさん存在することが解るからです。

たとえば、漫画喫茶を住所にするネカフェ難民は、このような日雇い派遣で食ぶちを繋いでいます。

翌日の仕事は前日に携帯電話にメールが来るので、確実に仕事へ行ける場合はその旨の返信なり、ボタンを押すなりすることで、やっと仕事にありつけます。

しかし、実際の派遣先は頭数を揃えることすらままならない現場が多く、そのほとんどはブラック企業のさらに末端の位置付けです。

そのため、現場はパワハラなど何でもアリで、日雇い派遣の人は文句も言えずひたすら耐えるしかありません。

中には、有名上場企業に勤めていたけれど、不景気でリストラに遭い、日雇い派遣を転々としている人も多くいました。どんなに優良企業でも、時代が悪ければあっさりクビが飛ぶ世の中ということでしょう。

これは、「決して他人事じゃない!」という生々しさを感じる良い思い出となるでしょう。

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日本で派遣業が増えたのは、小泉内閣全盛期の頃に労働者派遣法を大幅に改正したことでした。

当時、内閣の一員だった竹中平蔵は派遣業の緩和に積極的で、改正に最も貢献した人物です。

彼は経済担当の大臣であったにも関わらず、「若いみなさんには貧しくなる自由がある」「貧しさをエンジョイしたらいい」などと発言し物議を醸しました。

しかし、当時の日本は好景気だったため、「お金を目的としない自由な働き方」がカッコいいとされた時でもあったのです。

世の中にフリーターという言葉が生まれたのは、まさにこの時代でした。

フリーターは若者の自由の象徴でしたが、リーマンショックで不景気になったら、フリーターは真っ先にクビになり、職にありつけなくなりました。

大手企業の正社員でさえ、リストラの波にのまれたことで、当然ながら末端のフリーターに与える仕事など無かったのです。

当時、フリーターを謳歌していた若者は40歳を過ぎても正社員になれず、不安定極りない日雇い派遣で毎日の食いぶちを稼いでいます。

一方で、派遣が増えているのは何も日本だけではなく、アメリカでも同様に増えています。

特にベンチャーITは夢があり、シリコンバレーで働きたい若者は多いですが、その中で正社員になれるのは一握りです。実際にほとんどの従業員は、派遣会社に登録してIT企業に出向し、派遣会社から給料を貰います。

そのため、正社員と派遣の給料には天と地の差があり、誰もが高収入なわけでは無いのです。

アメリカでは派遣は「契約社員」と表現されるため、一見日本よりはマシに見えるかもしれませんが、その実態は日本の日雇い派遣と変わりません。

「自由な働き方」

という夢に踊らされ、どこの国でもいつの時代でも若者は搾取され続けています。

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